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大阪市で働くデザイナーのブログです。ポートフォリオ→https://hiddendesignsite.wordpress.com/

言葉のうつろさなど

真っ暗なカフェでスマホをスクロールして読みふけっている誰かの横顔がきれいだなあと思った。

道路沿い、駅前の喧騒のなか、海外旅行者向けのホテルの壁にもたれて本を読んでいる旅人のうつむいた顔をきれいだなあと思った。

 

《死を受け入れるには狂っていなければならず、生きることを甘受するには聡明でなければならない。》レブ・アテム

エドモン・ジャベス/鈴木創士 訳『問いの書』

キーボードで打った途端に、また、画面に文字として配置された途端に、理屈が立ってしまう文章だと思う。ふと読んで、ばちばち惹きつけられた本の、劇のような感じ、皮膜をただよっている感じが掻き消える。そしてまた、作者がそれを思いそれを文字に起こした瞬間に、作者がとらえた未生の言葉のような何かは掻き消えたのだろう。画面で一部だけを提示され読むことと、本をめくって黒いインクと紙の白さ・その向こうの時間を読むこととはまったく違うだろう。

 

ふと言葉が響かなくなる瞬間というのは何だろう。

ふと恋が冷める瞬間というのは何だろう。

何にとらわれたまま、わたしはその対象を見ていたのだろう。と思う時はある。何か大きな出来事に揺さぶられたときなどに。でも、実際は、もともと言葉はうつろだし、恋は冷めている。そこに熱を見出した「私」がいて、同じ熱でそれを見つづけるには無理が出てきていたということに気づく瞬間。

同じ何かにずっと惹かれつづけ、模索しつづける力というのは何だろう。

うつろは、とても豊かなものでもある。豊かなものをどこまでも受け入れることができるから。

うつろであるわたしを自覚しつづけていることは、助けになろだろう。

 

忘れるということはなく、「忘れたい」「忘れないとやっていけない」という必死さ、生を捻じ曲げる何かがあると思う。

お金のことをずっと考え続けていたのに、わたしは明日の交通費を用意できていなかった。それで、きのうなんとかなった。あっさり。「ずっと考え続けていた」何かは、お金のことではなく、取り憑かれていた何か。自分が考えている対象が何であるかくらい自覚していたいよな。

 

 

問いの書 (叢書 言語の政治)

問いの書 (叢書 言語の政治)