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大阪市で働くデザイナーのブログです。ポートフォリオ→https://hiddendesignsite.wordpress.com/

Indefinable City まだ見ぬ都市から/Rebecca Chesney/月夜と少年

Indefinable City まだ見ぬ都市から/Rebecca Chesney/月夜と少年

アプローチ企画展として木岡秀敏・鴻上由衣・原康浩 展

アトリエ三月にて。

 

音と音の重なりにふいにとらえられるときがある。店に流れている音楽に、いきなり泣き出した赤ちゃんの泣き声が見事にマッチしているとか。

また、いやな音にわんわん責め立てられながら、全身を麻痺させて聞こえないふりをしているときがある。街に暮らしているとそれはよくあることだろう。今、そうだった、と気付くと同時に、熊蝉のやかましい音に包まれ、陶然とした思いを抱いたりする。

都市はそういうことが起こる。

 

Indefinableとは、あいまいな、定義できない、何とも言えない、といった意味を持つ言葉という。それをめぐる立体、冊子、映像、があった。冊子は、冊子というひとつの箱のなかに入り込み、そこを窓として鑑賞している私を見つめ返すようないとなみへと誘う。イヤホンがあり、手に取り、右の耳から聞こえる音に、ふっと別の音がゆるく入ってくる。ほんとうに、何でもない音。を、聴きながら、目を落とすと、鑑賞している私はひとりきりで、絵具のついた床があり、小さな空間のざわめきが聞こえる、と気付く。空間に入り、見つめ返されること。

 

その応答として、二階での展示があり、行為の可視化がごろんとある。今までの作者の「こと」と、応答としての「もの」。

 

こういう場所でふとあらためて、自分の生活のことなど思う。慣れないことや避けてきたことをよくするようになった。それですごく時間がかかる。とりかかるまでに時間がかかる。

「と」は「to」なんだな、と思う。

コラージュ、ナラタージュ。イマージュ。ジュクジュクと夏の熟む路地。

〈なにかを見つめるものごと〉に会いに行くと、疲れて耳をふさいだ手、その根元を支える腕、肩、体の内部、心を、ふとゆるめることができる。

答えのないものの涼しさ。今見ているこの、戦いの頃の・後の風景を、知っていたことに気付くこと。「思い」にもならないようなものを、鑑賞して持ち帰ること。

まだ見ぬ都市は知っていた都市でもある。