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大阪市で働くデザイナーのブログです。ポートフォリオ→https://hiddendesignsite.wordpress.com/

国立国際美術館『ヴォルフガング・ティルマンス』『他人の時間 Time of Others』

ほんとうは、〈何も生産的なことをしない無駄な一日〉をつくって美術館へは行くべきなんだろう。スクリーンで流し続けている映像もあって、すべて途中から観て途中でそこを出て違うものを観て、そのあと用事。ずいぶん得なんだなー!と思ったので友の会の会員になりました。

 

ティルマンス

急いでつくったのかもしれない、アーカイヴ的(?)にまとめられた新聞の切り抜き、スナップの台もまんなかにあった。日本のものを中心に、妖怪ウォッチのキャラクターやアイドル、街のデモのスナップ、騒がれたはずなのにもう忘れられようとしている記事、めくれ上がったような、感光途中のような加工もところどころあった。また、さまざまな旅の途中の、スナップ。美術というのは「経験」かもしれない。出来事にこうもわたしたち、わたしは、振り回される。思うことがある。考える、試みる、経験したと思う。いいえ、いいえ、このことは、繰り返されてきたことだ。この目の前のことに必死にしがみつこうとする癖も。ほかの、わたしでなくてもいい誰かが、思い、落ちてきた穴だ。見る、ありのままを写すということは、私を捨て、たしかな、世界としての「経験」、「事実」を写し、見るということだろう。私の「真実」ではなく。

街の足元に顔をのぞかせる有機物がきれいだった。蛍光灯のような、白い光に照らされている緑も。紙をまるく折り曲げたときにうつるまるい穴の向こうに、世界はある。ある窓辺に置かれた、その〈誰か〉のオブジェとしてのものたち。スプレーボトルや貝や、、何かぜんぜん分からないものは、それを置いた者自身にも気付かれることなく、ある祈りとなってこの世界に放たれている、ように思う。形になり表されたものは祈り。

 

他人の時間。

ミヤギフトシの〈物語〉からこそ語られる、語られないもの。ヒーメン・チョンのこのどこにも出られない世界。ブルース・クェックの時計にはドキドキした。「そのこと」と、「そのこと」を起因として人が死ぬ速度の平均を、時計の針の動きで表現したもの。「性器切除」の時間の速さ。もこっと盛り上がった兵士の背中は、何の力を得てしまったのか。

血によって流れる生と、言葉によって流れる生がある。この映画もさっと観てすぐに出なくてはならなかった。あまりに映画を観ない日をわたしは過ごしてきた、、そのこともショックだった。

他人の時間。いいタイトルだなあ。ほんとうに、心底、何も為さない、無駄な時間を過ごすべき。何のためでもない、使ってやろうなどと思われない、〈時間〉そのものを、通過してみたい、わたしの肉体で、言葉で。

 

www.nmao.go.jp