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菅谷明子『メディア・リテラシー』

中井正一『美学入門』より。ジャン・ローレンスの言ったことのうち、「大地を歩くことが大地」という考え方を紹介している。「それ」があって、「それ」の本質を見抜くわたしが「それ」があるべきように使うことをとおして、「それ」が「それ」になる。

 

新しい言葉がどんどん出てきたり、似たようなツールがどんどん出てくる。使ってみる前に、わたしは怯える方だと思う。焼き直しだなーと思ったり、多くを持って複雑にしたくないと思って遠ざける。…それはただの傲慢だと思う。その傲慢さは多少自覚していて、遠ざけるたび小さなストレスがかかる。

新しい概念が出て来る。そのおおもとにある本質をみることがいつもできていたら、と思う。

メディア・リテラシーとは、ひと言でいえば、メディアが形作る「現実」を批判的(クリティカル)に読み取るとともに、メディアを使って表現していく能力のこと

>メディアの特性や社会的な意味を理解し、メディアが送り出す情報を「構成されたもの」として建設に「批判」するとともに、自らの考えなどをメディアを使って表現し、社会に向けて効果的にコミュニケーションをはかることでメディア社会と積極的に付き合うための総合的な能力

>国語の目的は、自分が身を置いている文化を理解することにあります。そうした意味で、今ほどその意味が問われていることはありません。複雑になった現代文化について、いかに教えるかは大きな課題です(ロンドン大学のデイビッド・バッキンガム教授)

イギリスではメディア教育を国語の先生がするという。

・批判する言葉、メディアを批判する番組を鵜呑みにしてしまいがち

・単純なカットでも複雑に何度にも分けて撮影され繋ぎ合わされることで「現実」を表現していることが多い

メディアリテラシーは読書リテラシーの勉強にだって、当然なる。問題は、読んでいるときにカメラが回っていないと思い込んでしまうこと。バーチャルの中にいてここはバーチャルだと気づかないこと。

→これは、もっと言えば当然「今、ここ」がバーチャルであることに気付いているべきだということ。わたしは自信がない。目の前にあるもの、大切だと感じているものは、自分が圧をかけてつくりあげた幻想だと、認めたくない自分がいるし、それこそが自分だと思いたがっている。そうじゃないのになあ、そうじゃないのに。

どうして顔があるのか。他人のためにある。

こういう本質を、見つめたいと思う。

 

メディア・リテラシー―世界の現場から (岩波新書)

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美学入門 (中公文庫)

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