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hidden design

大阪市で働くデザイナーのブログです。ポートフォリオ→https://hiddendesignsite.wordpress.com/

見えないデザイン

デザインは、見えない部分を扱うものだと思う。

見えないこと、

(表現する者としての)自分はないこと。

このことをよくわかっていたい、と思う。

 

学校で、罫線の使い方が上手な子がいた。タイポグラフィが好きで、ライン1本に何時間も(のべ)こだわっていた。はじめて入った会社で、先輩がライン1本の位置をそっと変えただけでぐっと紙面が見やすくなったのを何度も見た。

そういうのを盗み見て、自分の「パーツの置き方」「決めどころ」を勉強したと思う。

 

クライアントから言われることはだいたいどの場面でもパターンがあって、ライン1本にこだわるのは自己満足だと知っている。また、そのライン1本が決まっていたらクライアントはそこは見逃してくれる。

この細い線こっちに移動させてください、とはあまり聞かない。そんなことを言われるときは、クライアントの伝えたいことを理解していないためとんちんかんなところに線を入れてしまったとか、自分もデザインをしていて気になるとか、そんな場合ではないだろうか。

 

チェックする人=クライアントは、自分や自社の表現として決まっているかどうかをチェックする。自分ごとだから、その分間違いにはすぐ反応する(何か違和感があるとき、わたしはその部分が目に飛び込んでくる感じがする。間違っているところは凸凹して見える)。

逆に、表現が決まっているときは、そこは見えない(凹凸なくするっと流れる)ようになっているような気がする。

デザインする側が、「自分の」表現が決まっているかどうかばかりを気にしてしまい

誤植や理解がなっていないというのはダメ。

また、気にしてしまうということは表現の仕方もモチーフの理解もダメだということだろう。

 

デザインのおもしろいところは、表現にたどり着くまで、

いろいろな制限を乗り越えていくところだと思う。

文字が多すぎたり、言いたいことが多かったり。

そもそもの「言いたいこと」を自分の解釈で整理していいところと

いろんな理由が絡んで整理してはいけないところもある。

自分が決めることではないことは多い。

 

自分を消して表現だけを残すこと、

見えない部分をどうデザインするかがポイント。

見える、見えない。

そのふたつが、デザインの行程で意識することで何度も逆転するのだ。

というか、そのふたつを意識することがデザインの行程だといえる。

見せたいもの、その向こうにあるものを届けるために

自分をあらしめ、いま見えていないものを何らかの方法で見る必要がある。