hidden design

大阪市で働くデザイナーのブログです。ポートフォリオ→https://hiddendesignsite.wordpress.com/

大江健三郎『ヒロシマ・ノート』

>一九六四年暮、僕はこのノートを書きはじめて以来の、広島へのもっとも短い旅をした。僕は広島で、数時間をすごしたにすぎなかった。しかし、広島への僕のかずかずの旅がすべてそうであったように、僕は、人間の悲惨と威厳について切実な反省を強いられないではいない体験をした。僕にとって広島へのさまざまな旅はすべて一貫して、そのような旅であった。僕はこのノートを、そうした旅のあとの僕自身の反省のために、まず、書いてきたのであった。

 

>…

こどもをかえせ

わたしをかえせ

わたしにつながる

にんげんをかえせ

 

にんげんの

にんげんのよにあるかぎり

くずれぬへいわを

へいわをかえせ

 

この叫び声は、じつはわれわれ生き残っている者たちのためにこそ発せられた詩人の声なのであるが…

 

 

>かれらの存在と呼びかけの声が、かくもぬきさしならないものである以上、われわれの誰の内部で、広島的なるものがすっかり完結してしまうだろう?

 

 

>教室で、いつも僕の頭に浮かんでいたのは、フランス文学と日本文学に、おたがいの言葉のそれぞれ特殊な流行があり、フランス文学でひんぱんに使われる言葉の同義語が、日本文学では冷遇されている、という発見だった。そして、そのような言葉として、とくに僕の注意をひいたのが、

威厳(dignité

屈辱あるいは恥(humiliation, honte)

のふたつの言葉で、それらはすなわち、僕の少年時からのおそろしいジレンマに深く関わる言葉であった。(略)わが私小説の伝統的主題として、屈辱、恥をあげることは無理でない。しかし、フランス文学において、屈辱、恥という言葉は、作家と読者の胸を刺す、人間的なモラルの、もっとも鋭い剣なのだ。そのような重みとともにそれが日本文学にあらわれることはない。もうひとつの言葉、威厳についていえば、事情はもっとあきらかだ。

 

 

>広島で生きつづける人びとが、あの人間の悲惨の極みについて沈黙し、それを忘れ去るかわりに、それについて語り、研究し、記録しようとしていること、これはじつに異常な努力による重い行為である。そのために、かれらが克服しなければならぬ、嫌悪感をはじめとするすべての感情の総量すら、広島の外部の人間はそれを十分におしはかることができない。広島を忘れ、広島について沈黙する唯一の権利をもつ人たちが、逆にあえてそれを語ろうとし、研究しようとし記録しようとしているのである。

 

>僕はいまもなお、どのようにして自分に威厳をあたえるか、という宿題にちゃんとした答案を書いていないが、しかしひとつだけ、自分を屈辱あるいは恥の感覚からまもる手だてを知ったように思う。それは広島の人々の威厳を見うしなわないよう心がけることである。

 

 

>医師たちは、現実の被爆者たちに接しながら、いわば手さぐりでいちいち確かめつつ、怪物の正体をあきらかにしていったのだが、それは逆にまた、自由な想像力とも無縁な試みではなかった。むしろかれらは、その想像力によって支えられることによってのみ、具体的な患者たちの苦しみの背後に、巨大な怪物の忌まわしい影を見きわめることができたのである。

それはどのような想像力であったか?もし原爆の影響がなければ、この患者は、健康であったであろう、したがって、この被爆した患者の現在の疾患は、当然原爆によってひきおこされたものではないか、と考える想像力。あのように異常な爆発のあと、それにさらされた人体にはどういうことだっておこりかねない、あらゆることがおこる可能性がある、と考える、固定観念にとらわれない、自由な想像力。

 

 

 

 

大江健三郎ヒロシマ・ノート』(岩波新書