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第14回「中之島クロストーク」 白井聡さん×内藤正典さん(関西スクエア)メモ

・大きなテロが各地で起きていて、そのニュースは必ず被害を受けた「欧米」からの情報であるということ。日本にいて耳にはいってくる「情報」は、必ず欧米の目線というバイアスがあることを覚えておかなくてはいけない。

(また、それ以前に思想の土台が欧米のいう近代化を目指すコンプレックス・自己かわいがりに染まっている。そういう自覚をしたほうがいい)

 

・「テロの対策=ISへの対策」が通説。言葉にしなくてももうそれぞれの心のなかでそうなっている。

 

・テロの対策は「排除するしかない」としか認識されていない。そして、世界中でその対策が「前倒し」になっている。

 

・一般の、普通の、イスラム教徒は「過激思想」「カルト」などでは断じてない。(そこのところ、理解しようとしてきただろうか?入ってくるニュースの表面をあまりにも素朴に信じていないだろうか?その先・以前を考えようとしてきただろうか?)

 

・なぜ、このようなテロが各地で起こっているのか。その歴史的背景、事実を知り、考えなくてはいけない。

「宗教」による恨みではなく、政治的背景、社会的背景による、長く(ほんとうに長く)積み重なってきた事実から生まれる憎しみがある。

第一次世界大戦時に大国が中東に入ってきて勝手に線を引き、家族、友人、、人々を無理矢理引き裂き数々の命を奪った。

また、それよりもっと前の憎しみとして。ギリシア経由で中東に入ってきた科学や芸術や哲学といった文明の成熟の流れがあった。そこに、西欧が土足で入ってきて奪い、歴史をねじ曲げる。論理や科学といった近代化の名のもとに、自分たちの価値観に合わない瞑想的な情や美を「野蛮」だとして弾圧してきた。否定してきた。

ほんとうに野蛮なのはどちらだろう?尊厳がないのはどちらだろう?

 

イスラム教の思想や特長について。「インシャラー」は神の心のままにということ。経済的にまだ豊かで科学も技術も発達していて勉強できる環境も公共的にある日本、それでも幸福感を感じる人が少なく自殺の多い日本は、「因果応報教」とでも名付けることができるだろう。

 

・たとえばフランスが自国の歴史のなかで手に入れた「個人主義」も、他のどんな価値観も、イスラム教は否定しない。

同じ一神教であるキリスト教を否定したりしない。敬い、親近感をもっている。

他者の思想を受け入れ、内面の成熟を大事にするというのが、イスラム教の基本的な姿勢。イスラム教で、ムハンマドは「神」ではなく、コーランを人の言葉に翻訳する「人間」。

情に厚く、柔軟。

イスラム教はとにかく誤解されているということ。

 

イスラム教では、1人につき20人の家族がいる、と考えたらいい。世界中に逃れた「家族」、とくに子供が理不尽に非道に殺される姿がSNSで常に共有されている。憎しみ、怒り、絶望が、真面目で優しく情のある若者を内面から蝕みつづけている。

 

・武器の売買、基地の保護、大国同士の金と権力の争いのためにのみ、舞台にされ、棄てられるという絶望。それをずっと繰り返してきたという絶望がある。

 

・トルコ、クルド人の性質。情に厚く、約束を守ろうとし、恩義を忘れず、難民をできるだけ受け入れる。困った人を助けるという実行力により信頼を得る、というポピュリズムの価値観がトルコにはある。

 

・フランスの「自由・平等・博愛」の「博愛」は訳し方がちょっと違う感じ。同胞、同じ感じ方の人なら受け入れるけど、そうじゃないなら仲間はずれにしてしまう、というニュアンスがある。

 

 

 

 

どうしたらいいのか。

「排除」「線引き」で目先の・自分だけの安全・安心感を確保しようとする流れがいいはずがないだろう。今は大きなテロが起こっていない・目に見えていない(ことになっている)日本。日本が、日本に住むわたしが、これからも幻想ばかりを見つづけ、これからは(も)自分が生きていくために(でも、自分の何を生かすために?)「排除」の線で行くと決めるのなら(自覚なく決めたのなら。決めたけれど)。この先もっと世界の憎悪は深まり、絶望が深まり、状況は悪くなる。

安直すぎ、浅はかすぎるということ。自覚がないということ。自分のしてきたことについて振り返ろうとしないのなら、何も知ろうとしないのなら、反省もできず考えが深まることはない。

日常でできることはある、とも思った。日常の、自分の言動、意識に自覚的になること、変えることこそだろうとも思う。

 

平和が、幸せが、尊厳が、権利や自由が、、ここに・自分の手中に「ある」とするために、わたしはどれだけのことを「ないこと」にしてきただろう。

 

 

 

 

http://www.kansai-square.com/info/2017/05/14-1.html

 

となりのイスラム 世界の3人に1人がイスラム教徒になる時代

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