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大阪市で働くデザイナーのブログです。ポートフォリオ→https://hiddendesignsite.wordpress.com/

第14回「中之島クロストーク」 白井聡さん×内藤正典さん(関西スクエア)メモ

・大きなテロが各地で起きていて、そのニュースは必ず被害を受けた「欧米」からの情報であるということ。日本にいて耳にはいってくる「情報」は、必ず欧米の目線というバイアスがあることを覚えておかなくてはいけない。

(また、それ以前に思想の土台が欧米のいう近代化を目指すコンプレックス・自己かわいがりに染まっている。そういう自覚をしたほうがいい)

 

・「テロの対策=ISへの対策」が通説。言葉にしなくてももうそれぞれの心のなかでそうなっている。

 

・テロの対策は「排除するしかない」としか認識されていない。そして、世界中でその対策が「前倒し」になっている。

 

・一般の、普通の、イスラム教徒は「過激思想」「カルト」などでは断じてない。(そこのところ、理解しようとしてきただろうか?入ってくるニュースの表面をあまりにも素朴に信じていないだろうか?その先・以前を考えようとしてきただろうか?)

 

・なぜ、このようなテロが各地で起こっているのか。その歴史的背景、事実を知り、考えなくてはいけない。

「宗教」による恨みではなく、政治的背景、社会的背景による、長く(ほんとうに長く)積み重なってきた事実から生まれる憎しみがある。

第一次世界大戦時に大国が中東に入ってきて勝手に線を引き、家族、友人、、人々を無理矢理引き裂き数々の命を奪った。

また、それよりもっと前の憎しみとして。ギリシア経由で中東に入ってきた科学や芸術や哲学といった文明の成熟の流れがあった。そこに、西欧が土足で入ってきて奪い、歴史をねじ曲げる。論理や科学といった近代化の名のもとに、自分たちの価値観に合わない瞑想的な情や美を「野蛮」だとして弾圧してきた。否定してきた。

ほんとうに野蛮なのはどちらだろう?尊厳がないのはどちらだろう?

 

イスラム教の思想や特長について。「インシャラー」は神の心のままにということ。経済的にまだ豊かで科学も技術も発達していて勉強できる環境も公共的にある日本、それでも幸福感を感じる人が少なく自殺の多い日本は、「因果応報教」とでも名付けることができるだろう。

 

・たとえばフランスが自国の歴史のなかで手に入れた「個人主義」も、他のどんな価値観も、イスラム教は否定しない。

同じ一神教であるキリスト教を否定したりしない。敬い、親近感をもっている。

他者の思想を受け入れ、内面の成熟を大事にするというのが、イスラム教の基本的な姿勢。イスラム教で、ムハンマドは「神」ではなく、コーランを人の言葉に翻訳する「人間」。

情に厚く、柔軟。

イスラム教はとにかく誤解されているということ。

 

イスラム教では、1人につき20人の家族がいる、と考えたらいい。世界中に逃れた「家族」、とくに子供が理不尽に非道に殺される姿がSNSで常に共有されている。憎しみ、怒り、絶望が、真面目で優しく情のある若者を内面から蝕みつづけている。

 

・武器の売買、基地の保護、大国同士の金と権力の争いのためにのみ、舞台にされ、棄てられるという絶望。それをずっと繰り返してきたという絶望がある。

 

・トルコ、クルド人の性質。情に厚く、約束を守ろうとし、恩義を忘れず、難民をできるだけ受け入れる。困った人を助けるという実行力により信頼を得る、というポピュリズムの価値観がトルコにはある。

 

・フランスの「自由・平等・博愛」の「博愛」は訳し方がちょっと違う感じ。同胞、同じ感じ方の人なら受け入れるけど、そうじゃないなら仲間はずれにしてしまう、というニュアンスがある。

 

 

 

 

どうしたらいいのか。

「排除」「線引き」で目先の・自分だけの安全・安心感を確保しようとする流れがいいはずがないだろう。今は大きなテロが起こっていない・目に見えていない(ことになっている)日本。日本が、日本に住むわたしが、これからも幻想ばかりを見つづけ、これからは(も)自分が生きていくために(でも、自分の何を生かすために?)「排除」の線で行くと決めるのなら(自覚なく決めたのなら。決めたけれど)。この先もっと世界の憎悪は深まり、絶望が深まり、状況は悪くなる。

安直すぎ、浅はかすぎるということ。自覚がないということ。自分のしてきたことについて振り返ろうとしないのなら、何も知ろうとしないのなら、反省もできず考えが深まることはない。

日常でできることはある、とも思った。日常の、自分の言動、意識に自覚的になること、変えることこそだろうとも思う。

 

平和が、幸せが、尊厳が、権利や自由が、、ここに・自分の手中に「ある」とするために、わたしはどれだけのことを「ないこと」にしてきただろう。

 

 

 

 

http://www.kansai-square.com/info/2017/05/14-1.html

 

となりのイスラム 世界の3人に1人がイスラム教徒になる時代

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撮影の途中で色味を変えてしまいました。

大江健三郎『ヒロシマ・ノート』

>一九六四年暮、僕はこのノートを書きはじめて以来の、広島へのもっとも短い旅をした。僕は広島で、数時間をすごしたにすぎなかった。しかし、広島への僕のかずかずの旅がすべてそうであったように、僕は、人間の悲惨と威厳について切実な反省を強いられないではいない体験をした。僕にとって広島へのさまざまな旅はすべて一貫して、そのような旅であった。僕はこのノートを、そうした旅のあとの僕自身の反省のために、まず、書いてきたのであった。

 

>…

こどもをかえせ

わたしをかえせ

わたしにつながる

にんげんをかえせ

 

にんげんの

にんげんのよにあるかぎり

くずれぬへいわを

へいわをかえせ

 

この叫び声は、じつはわれわれ生き残っている者たちのためにこそ発せられた詩人の声なのであるが…

 

 

>かれらの存在と呼びかけの声が、かくもぬきさしならないものである以上、われわれの誰の内部で、広島的なるものがすっかり完結してしまうだろう?

 

 

>教室で、いつも僕の頭に浮かんでいたのは、フランス文学と日本文学に、おたがいの言葉のそれぞれ特殊な流行があり、フランス文学でひんぱんに使われる言葉の同義語が、日本文学では冷遇されている、という発見だった。そして、そのような言葉として、とくに僕の注意をひいたのが、

威厳(dignité

屈辱あるいは恥(humiliation, honte)

のふたつの言葉で、それらはすなわち、僕の少年時からのおそろしいジレンマに深く関わる言葉であった。(略)わが私小説の伝統的主題として、屈辱、恥をあげることは無理でない。しかし、フランス文学において、屈辱、恥という言葉は、作家と読者の胸を刺す、人間的なモラルの、もっとも鋭い剣なのだ。そのような重みとともにそれが日本文学にあらわれることはない。もうひとつの言葉、威厳についていえば、事情はもっとあきらかだ。

 

 

>広島で生きつづける人びとが、あの人間の悲惨の極みについて沈黙し、それを忘れ去るかわりに、それについて語り、研究し、記録しようとしていること、これはじつに異常な努力による重い行為である。そのために、かれらが克服しなければならぬ、嫌悪感をはじめとするすべての感情の総量すら、広島の外部の人間はそれを十分におしはかることができない。広島を忘れ、広島について沈黙する唯一の権利をもつ人たちが、逆にあえてそれを語ろうとし、研究しようとし記録しようとしているのである。

 

>僕はいまもなお、どのようにして自分に威厳をあたえるか、という宿題にちゃんとした答案を書いていないが、しかしひとつだけ、自分を屈辱あるいは恥の感覚からまもる手だてを知ったように思う。それは広島の人々の威厳を見うしなわないよう心がけることである。

 

 

>医師たちは、現実の被爆者たちに接しながら、いわば手さぐりでいちいち確かめつつ、怪物の正体をあきらかにしていったのだが、それは逆にまた、自由な想像力とも無縁な試みではなかった。むしろかれらは、その想像力によって支えられることによってのみ、具体的な患者たちの苦しみの背後に、巨大な怪物の忌まわしい影を見きわめることができたのである。

それはどのような想像力であったか?もし原爆の影響がなければ、この患者は、健康であったであろう、したがって、この被爆した患者の現在の疾患は、当然原爆によってひきおこされたものではないか、と考える想像力。あのように異常な爆発のあと、それにさらされた人体にはどういうことだっておこりかねない、あらゆることがおこる可能性がある、と考える、固定観念にとらわれない、自由な想像力。

 

 

 

 

大江健三郎ヒロシマ・ノート』(岩波新書

細谷雄一『戦後史の解放1 歴史認識とは何か 日露戦争からアジア太平洋戦争まで』

人はいっときの感情に支配されるし、恐怖から目をそらす。自分のこと、目先のことを考えがち(しか考えないといってもいいかも)。自分の癖をどのように見つめ、解放して助けるか。

自分がどんな思惑にとらわれ、都合よく考えようとしているか、認識できていないことに気付かないままに愚かな選択を重ねることの罪。

比喩とは人物に属させているものを事物に返そうとする営み、ともいう。出来事や形式がなぜどの思惑によって生まれたか、自分がかたくなにまもろうとしているものの奥にあるすでに壊れたものは何か、など、思い当たる自らの醜さや弱さのこと、絶望のこと。

 

 

・1980年代にフェミニズムポストモダニズムが盛り上がり、歴史認識問題に息吹をあたえる。

現在のそれぞれの立場における都合や思惑により、過去の事実が解釈され、たとえば日韓関係に暗い巨大な影を落とすことにもつながる。
人は、事実をシンボルとして操作し、自らの望む方向へ現実を動かそうとする。

 

・すべてが1945年からはじまったわけではない。「零年」や「神格化」といった見方が招く危険性。

 

・戦後史の基本的な理念である平和主義、人道、人権、民主主義といったリベラルな価値に基づく国際秩序の基礎は、実際は1945年以前につくられていた。

 

・1914年からの「30年の戦争」の時代ほど、平和がのぞまれた時代はない。にも関わらず、この時代にもっとも多く虐殺があった。

 

・20世紀後半はほとんど戦争ないとされる。「第三」世界の戦争。


・20世紀前半は戦争と殺戮にあふれていた時代、後半はそれを防ぎ平和を確立しようとする時代。
平和を確立しようとするそのような動きを戦後史の源流としてみいだすことができる。戦後のはじまりはその転換点とおくことができる。

・1928年 パリ不戦条約 国家政策の手段としての戦争を放棄。自衛のための戦争に触れていない。


・1931年 満州事変 日本人は、パリ不戦条約の意義を世界史的な視座から理解していなかった。自分の持ち物である満鉄の安全と権益をまもろうとする意識。

 

・1945年 ポツダム宣言 アメリカイギリス中国による日本の降伏要求。と同時にアメリカでは原爆の準備。
トルーマンにはドイツ軍主力部隊と闘い続けてきたソ連に対する敬意がない」として、スターリントルーマン、米ソ間の相互不信があった。
アメリカ太平洋戦争の集結。日本内部でもそれぞれ違う終戦の時間が流れていた。沖縄は8/15の玉音放送はなかった。米軍にほぼ占領されていた。

 

・国際政治の世界では、純粋な正義が実行されることはほぼなく、通常はそれぞれの政治思惑のなかからそのような偽善を含む正義が唱えられている。かといって、純粋な暴力政治が行われることもほぼなく、正義の衣で覆っている。

 

ゴールデンウイークと、5、6月の週末で書き上げたという。

森千香子『排除と抵抗の郊外 フランス〈移民〉集住地域の形成と変容』

・郊外という世界、予言としてのラップ、言葉で自己に招いてくる悲劇、無視されるそれら

・マイノリティ研究が自己を客観的に見る助けになることについて

・理想が「あり」、そのために「ない」ことになっている(ブラインド)差異、エスニシティを可視化する方法(カラー)によって発生する差別意識、その取り扱い方について

・移民をめぐる分析が、社会における思惟されざるものを掘り起こし、その社会の客観的分析を可能にすることについて

・団地の存在によって混じる社会的・歴史的文脈、階級問題が都市問題になったこと、少しずつ問題がずれていくその推移の見守り方について

・あらゆる貧困・困難の「拡散」が目的になることで見えなくなる問題について

都市政策が赤い郊外自治体で展開された外側・内側における背景について

・本音と建前

hidden designの名刺

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hidden designの名刺ができました。

(連休中にやっと作りました)

 

printing レトロ印刷

紙:しらす
インク:紫

 

 

もうしばらくのあいだ、デザイン事務所勤務と兼業というこの体制ですが

試行錯誤するなか、

ひとつひとつ、できるかぎりまっすぐ丁寧にお仕事をする、という思いとスキルは

確実に高まってきたと思います。

 

 

ロゴマーク、チラシ、パンフレット、カタログ、書籍、パッケージ、看板など

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どうぞよろしくお願いします。

 

 

 

 

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hidden design(ヒドゥンデザイン)

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